ユーミンパパ 荒井呉服店会長逝く
◆ユーミンこと松任谷由実の父親・荒井末男さんが2月2日心肺腎不全のため他界されました。93歳でした。ユーミンパパは八王子で荒井呉服店を創業、地域一番店に育て上げ呉服業界でも一目おかれる存在でした。同店はこの2月に新宿で開かれた大展示会にも、顧客を乗せた大型バスを乗り付け繁盛店ぶりを見せつけました。
◆ユーミンは1954年荒井呉服店を営む末男さんの次女として生まれ、幼少の頃からその才能をあらわしていました。唄と踊りとおしゃべりが好きで、社員旅行に連れられていくとバスの中では握ったマイクをなかなか離さず、早くも拍手を浴びていたといいます。ユーミンは1973年アルバム「ひこうき雲」で彗星のようにデビューして以来、ある時期まで音楽にとどまらず若者のファッション、ひいてはライフスタイルまでも影響を及ぼしました。2004年の「VIVA 6×7」まで40作のアルバムを発表。「反体制」四畳半フォークから「中産階級」を牽引するニューミュージックへ日本の音楽トレンドをスイッチさせた張本人、主役だったといえるでしょう。一億総中流を投影しながらユーミンワールドはうたかたのように時代を描きました。
◆呉服屋の娘・ユーミンが40枚のアルバムで唯一きもの姿を見せるのが12作目の「水の中のASIAへ」の中ジャケット=写真。緞子(どんす)地に桧垣文様の地紋でピンク色の訪問着を着た若きユーミンが能面のような無表情でいすに腰掛けています。このアルバムは当時、音質にこだわる楽曲でまれに採用された30cm盤45回転レコードで両面4曲のみ収録されています。第23回レコード大賞ベストアルバム賞を受賞。25年前すでにアジアに題材を求めた先見の明はさすが。
◆ユーミンの詩には日本の細やかな四季の移ろいや、情感豊かな微妙な変化が表現されています。多摩美大で日本画を専攻したことともつながるのですが、きものに囲まれて成長した環境にアーティストとしての原点のひとつを求められるのでは…。それにしてもず~っと気になることがあります。自叙伝「ルージュの伝言」で商売の厳しさを目の当たりにする一文があったのですが、確か「納品しようとした留袖がお客の前で袖が取れてしまい、両親が平謝りに謝った」主旨の内容でしたが、これは絶対にありえず今でもこの部分はフィクションだと思っています。どんな呉服屋でもそんなことを見逃すはずはないし、天下の荒井呉服店では100%起こりえません。ユーミンのボーナストラックは強烈です!
◆八王子の繁華街を通る甲州街道に面してユーミンの実家=呉服店はあります。益々のご繁盛を祈念します。そして名物商人だったユーミンパパにあらためて合掌。

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